2026-09

直らなかったものは、持ち帰ってください|リペアカフェのハウスルールに書いてあること community

直らなかったものは、持ち帰ってください|リペアカフェのハウスルールに書いてあること

壊れたものを持ち寄って直す「リペアカフェ」は、2009年にアムステルダムで始まり、いまは世界2,500か所以上にあります。公式のハウスルールを読むと、責任の線の引き方がかなりはっきりしていました。2024年の記録では、持ち込まれた37,000件超のうち直ったのは62%。京都で11回続いている日本の事例と、この夏から適用が始まったEUの「修理する権利」までを、出典の取れる範囲でまとめました。
「コモンズの悲劇」を書いた本人が、30年後に一語を足した|牧草地の共有と、オストロムの8つの条件 community

「コモンズの悲劇」を書いた本人が、30年後に一語を足した|牧草地の共有と、オストロムの8つの条件

みんなで使うものは荒れる、という話の出典は1968年の論文「コモンズの悲劇」です。書いた本人は30年後、「管理されていない」という一語を付け忘れたのが最大の誤りだったと振り返りました。共有地の現場を調べて2009年にノーベル経済学賞を受けたオストロムの8つの条件と、うまくいかなかった共有地の話までまとめます。
黙っている人の半分は、それで足りていた|「9割は見ているだけ」の内訳を219人に聞いた調査 community

黙っている人の半分は、それで足りていた|「9割は見ているだけ」の内訳を219人に聞いた調査

オンラインコミュニティの「90-9-1の法則」は2006年にヤコブ・ニールセンが書いたもの。では黙っている90%は何を考えているのか。一度も投稿したことのない219人に理由を聞いた2004年の調査と、GitHubの4億7,800万件で検証した2020年の論文から、参加の不平等の中身を読みます。
お金の集まりが、飲み会として生き残った|「講」の750年と、山梨の無尽を8年追った研究 community

お金の集まりが、飲み会として生き残った|「講」の750年と、山梨の無尽を8年追った研究

頼母子講、無尽講。人が集まって毎月お金を出し合い、順番に受け取る仕組みは、鎌倉時代の文書にもう出てきます。制度としては銀行に吸収されましたが、山梨県では集まりのほうが飲み会として残りました。その無尽を8年間追跡した2012年の研究は、親睦の強さと金融の強さで正反対の結果を出しています。
図書館の本棚を、月2,000円で借りる|石川にも2館ある一箱本棚オーナー制度 community

図書館の本棚を、月2,000円で借りる|石川にも2館ある一箱本棚オーナー制度

本棚をひと箱ずつ市民に貸し出し、その棚賃で運営費をまかなう「一箱本棚オーナー制度」。2020年に静岡県焼津市で始まった仕組みは、いま全国136件の一覧に並ぶまでになりました。石川県内では加賀市と金沢市に1館ずつあります。閉館した館が8つあることも含めて、出典の取れる範囲で書きました。
仕事を教えてくれたのは、めったに会わない人だった|『弱い紐帯の強さ』の54人 community

仕事を教えてくれたのは、めったに会わない人だった|『弱い紐帯の強さ』の54人

1973年の社会学の論文に、人づてで転職した54人の内訳が載っています。情報をくれた相手と「週2回以上会っていた」人は16.7%しかいませんでした。近い人ほど自分と同じことを知っている、という話と、結束が固かったのに再開発を止められなかったボストンの町の話をまとめます。
「アルバム」はもともと、本の名前だった|レコードの表紙が茶色い紙だった時代 blog

「アルバム」はもともと、本の名前だった|レコードの表紙が茶色い紙だった時代

アルバムという言葉の語源は、ラテン語の「白い」です。古代ローマの白く塗った掲示板から、白紙のページを綴じた本になり、1910年ごろにレコードを差し込む本の名前になりました。その表紙は長いあいだ、ただの茶色い紙だった。絵が入るまでの話をまとめます。
声を出さずに本を読む人を見て、驚いた記録がある|黙読が当たり前になるまで shiori

声を出さずに本を読む人を見て、驚いた記録がある|黙読が当たり前になるまで

4世紀のミラノで、声を出さずに読む司教の姿がわざわざ書きとめられました。ただし「昔の人はみんな音読していた」と言い切れるかは、1927年と1968年の論文が真っ向から争っています。日本で黙読が広まったのはここ百数十年のこと。静かに読む部屋のほうが、読書よりずっとあとから来ました。
展示室の壁は、いつから白くなったのか|サロン式の壁とホワイトキューブ blog

展示室の壁は、いつから白くなったのか|サロン式の壁とホワイトキューブ

作品を掛ける壁は白い、と思っていました。ところが150年前まで、壁は絵で埋め尽くされて見えず、掛かる高さがそのまま評価の高さでした。1883年にホイッスラーが白い壁に一列で掛け、1929年のMoMAの壁はまだベージュの布で、「ホワイトキューブ」という名前がついたのは1976年です。しかもその名づけは、白い壁への批判でした。
贈られた本が、まっしろだった|おばけの絵本『Knigi』とバースナイトの話 shiori

贈られた本が、まっしろだった|おばけの絵本『Knigi』とバースナイトの話

アムの本棚にある絵本『Knigi』(ベンヤミン・ゾンマーハルダー/Nieves)を少し詳しく。おばけが祝う「バースナイト」、贈られたまっしろな本、そしてロシア語で「本」と同じ音の名前のこと。2011年の「最も美しいスイスの本」に選ばれた一冊です。