スケッチ会に誘うと、かなりの確率で「絵、描けないので」と返ってきます。気持ちはとても分かります。私も、人前で絵を描くのは今でも少し緊張します。
ただ、外で描く人たちの集まりには、世界共通の「宣言文」があります。8つの項目が並んでいて、そこに「うまく描く」に相当する話は一度も出てきません。読んでみると、断る理由のほうが先に崩れます。
スケッチ会に行く前に知っておくと少し楽になることを、3つだけまとめます。
アーバンスケッチには、宣言文がある
Urban Sketchers(アーバンスケッチャーズ)は、街に出て、その場で見たものを描く人たちの国際的なコミュニティです。始まりは2007年、写真共有サイトのFlickr上でした。
立ち上げたのは、シアトル在住のジャーナリスト兼イラストレーター、ガブリエル・カンパナリオ(スペイン出身)。2008年にはブログを作りましたが、当初は招待制で、参加できるのは100人までだったそうです。2009年にアメリカで非営利団体になり、いまは公式サイトによると世界に599の支部(チャプター)があります(2026年8月時点)。
この団体には「マニフェスト」と呼ばれる8か条があります。要約するとこうです。
- 屋内でも屋外でも、その場所で、目で見たものを描く
- 絵は、自分のいる場所や旅先の物語を語るものである
- 絵は、その時とその場所の記録である
- 目にした光景に対して正直であること
- 画材は何でもよく、それぞれの作風を大切にする
- おたがいを支え合い、いっしょに描く
- 描いたものをオンラインで共有する
- 一枚ずつ、世界を見せていく
上手・下手の話が、ひとつもありません。代わりに書かれているのは、「その場で描く」「見たものに正直である」「いっしょに描く」といった、態度の話ばかりです。
4番目の「正直であること」は、うまく描けという意味ではなく、その場にないものを足さない、という意味に近いです。電線が邪魔でも、電線は描いてよい。むしろ描く。
スケッチブックの「F」は、フランス語の人物
もうひとつ、初めて画材屋に行くと戸惑うのがサイズ表記です。「F4」「SM」と書いてある。あのFが何なのかを知らないまま買っている人は、けっこう多いと思います。
Fは、フランス語のFigure(人物)の頭文字です。人物画を描くのに向いた比率、という意味の規格でした。同じように、Pは Paysage(風景)、Mは Marine(海景)、Sは Square(正方形)。もともとは絵の題材ごとに、キャンバスの縦横比を変えていたわけです。
そして「SM」。これはサムホール(thumbhole=親指の穴)の略で、227×158mmの小さいサイズを指します。底に親指を入れて手に持って使う、小型のスケッチ箱に由来する呼び名だと説明されています。手のひらで持って描くための大きさ、ということです。
実際の寸法でいうと、F0が180×140mm、F3が273×220mm、F4が333×242mm。マルマンのサイズ選びのページでは、F0は「素早く短時間で描くとき」、F3は「持ち運びしやすいサイズ」と紹介されています。外で立ったまま描くなら、このあたりから選ぶのが無難だと思います。
大きい紙は、大きいだけで手が止まります。最初はSMやF0のような、片手に収まる大きさのほうが気楽です。
「写生」も、もとは絵の言葉だった
ここからは、本のある店らしい寄り道を少しだけ。
日本語で外を描くことを「写生」と言います。この言葉、もとは中国・唐代末期の絵画用語でした。お手本の絵を写す「臨画」に対して、実物を観察して描くほうを指す言葉だった、と説明されています。
それが明治になって、「スケッチ」「デッサン」という西洋絵画の言葉の訳語に当てられました。
この言葉を絵の外へ持ち出したのが、正岡子規です。子規が西洋絵画由来の写生という考え方を知ったのは1894年(明治27年)、画家の中村不折に教わってからでした。不折は同じ年に子規と出会い、子規が編集にあたっていた新聞「小日本」の挿絵を担当した人です。
子規はその年の秋、手帖と鉛筆を持って毎日のように外へ出かけ、写生による句を作りました。そこで、この方法が文学でも有効だと確かめた、とされています。
俳句の「写生」と、スケッチブックを持って街に出ることは、根っこが同じでした。手帖と鉛筆を持って外に出る、という行為までそっくりです。
結局、持ち物は2つでいい
宣言文にもある通り、画材は何でも構いません。鉛筆1本とノートでも成立します。強いて言えば、消しゴムを持たずに行くと、間違えた線をそのまま残すことになって、かえって早く描き終わります。
アムでも、スケッチの時間をつくっています。日程はInstagramでお知らせしています。ひとりで来て、ひとりで描いて帰る人がほとんどです。
描く対象を探したい方には、美術館やギャラリーをまとめたページと、アムのまわりを歩く順路のページを置いています。アムは金沢市東山にあるので、木の格子や瓦屋根といった、線を引きたくなるものが徒歩圏内にわりとあります。
参考にした資料
- Urban Sketching – Who We Are|Urban Sketchers(公式)(設立2007年、創設者がシアトル在住のジャーナリスト兼イラストレーターであること、マニフェスト8か条の内容、支部数599)
- Urban Sketchers – Wikipedia(英語版)(Flickr上で始まったこと、創設者がスペイン出身であること、2008年のブログが招待制で100人までだったこと、2009年12月に非営利団体になったこと、マニフェストが8項目であること)
- スケッチブック サイズの選び方|マルマン株式会社(F=Figure(人物)の頭文字であること、M=Marine、P=Paysage、S=Square、SM=サムホール227×158mm、F0〜F10の寸法と用途の記述)
- キャンバスや紙のサイズ,寸法について|画材販売.jp(SMが親指を入れて手持ちする小型のスケッチ箱に由来する呼び名であること)
- 写生 – Wikipedia(唐代末期の絵画用語であったこと、臨画に対して実物を観察して描くことを指したこと、明治にスケッチ・デッサンの訳語に当てられたこと、子規が1894年に中村不折に教わったこと、その秋に手帖と鉛筆で外出して句を作ったこと)
- 中村不折 – Wikipedia(1894年に子規と出会ったこと、新聞「小日本」の挿絵を担当したこと)
