「バグ」という言葉は、あの蛾より70年ほど古い|1947年のログブックに書かれた「実際に」の一語

「バグ」という言葉は、あの蛾より70年ほど古い|1947年のログブックに書かれた「実際に」の一語

デジタルラボの日、いちばんよく起きるのは「動かない」です。書いたとおりに動かない、さっきまで動いていたのに動かない、AIに直してもらったらもっと動かなくなった。だいたい、そうなります。

そのたびに「自分が向いていないのかも」と思ってしまう方がいるのですが、この「動かない」には、150年ほど前から名前がついています。バグ、です。

そして、その名前のいちばん有名なエピソードは、たいてい順番が逆に語られています。

1947年9月9日、ログブックに蛾が貼られた

ちょうど来週にあたる9月9日は、その日です。

1947年9月9日、マサチューセッツ州ケンブリッジ。ハーバードのMark IIという計算機を動かしていたチームが、リレー(電気で動く小さなスイッチ)の接点に蛾がはさまっているのを見つけました。機械が正しく動かない原因が、本物の虫だったわけです。

その蛾を取り出して、作業日誌のページにテープで貼り付け、こう書き添えました。

First actual case of bug being found.

このページは、蛾が貼られたまま、いまもスミソニアン国立アメリカ歴史博物館に残っています。

ここまでが有名な話で、「だからコンピュータの不具合をバグと呼ぶようになった」と続くことが多いのですが、そこが違います。

面白いのは「実際に」の一語

もう一度、書かれた文を見てみます。「バグが見つかった、実際にそうだった初めての例」。

この一文が冗談として成立するのは、その時点ですでに、バグという言葉が不具合の意味で使われていたからです。いつも比喩で「バグが出た」と言っていたところに、本物の虫が出てきた。だから「実際に」とわざわざ書いた。

言葉が蛾から生まれたのではなく、言葉があったところに蛾がやってきた。順番は逆でした。

エジソンは1878年に、もう説明していた

では、いつからか。

トーマス・エジソンの書簡や実験ノートに、この使い方が残っています。1873年には四重電信(1本の線に複数の信号を通す仕組み)の考案の中で「bug trap」という語が出てきますし、1876年夏のノートには、うまくいかない原因を指して「the mysterious bug」と書かれた箇所があります。

1878年3月13日、ウェスタン・ユニオン社長のウィリアム・オートン宛の手紙では、こう書いています。

You were partly correct, I did find a “bug” in my apparatus, but it was not in the telephone.

そして同じ年の11月の手紙では、言葉そのものの説明までしています。

“Bugs” as such little faults and difficulties are called, show themselves.

「バグ、というのはこういう小さな不具合や困りごとのことを言うのだが、それが出てくる」。1878年の時点で、もう説明を添えれば通じる言葉になっていたということです。オックスフォード英語辞典もこの用法を1870年代までさかのぼらせていますし、1934年版のウェブスター新国際辞書には、すでに「装置の欠陥」という語義が載っています。

1947年の蛾は、そこから約70年後の出来事でした。

「デバッグ」のほうも、蛾より前

不具合を取り除く作業を指す「デバッグ(debug)」も同じです。1945年の『Journal of the Royal Aeronautical Society』にはすでに登場していて、話し言葉としてはそれより数年早かっただろう、と推測されています。航空機の分野で先に使われていた言葉です。

Mark IIのチームがこの言葉を広めたのは事実のようですが、作ったわけではありません。

ホッパーが見つけたのか

この話は「グレース・ホッパーが蛾を見つけた」という形で語られることがよくあります。ホッパーは当時Mark IIのチームにいた数学者・プログラマーで、この逸話を面白がってあちこちで話し、広めた人でもあります。

ただ、スミソニアンの説明では、このログブックはおそらくホッパー本人のものではない、とされています。誰の手で貼られたのかは、はっきりしていません。

広めた人と、見つけた人は、別だったようです。

うまくいかないことに、名前がついている

回りくどく歴史の話をしましたが、言いたいのは一点だけです。

150年前、電信や電話を作っていた人たちは、うまくいかないことを毎日のように「バグ」と呼んでいました。エジソンの言い方を借りれば、それはlittle faults and difficulties、小さな不具合と困りごとです。ものを作る過程には最初からそれがあって、取り除く作業のほうにも名前がついている。

つまり、「動かない」はつまずきではなく、工程です。

アムでやっているデジタルラボ金沢も、うまくいかない時間のほうが長い会です。生成AIを使って何か作ってみる回でも、思ったとおりに出てこないところからが本番になります。詳しくはデジタルラボ金沢のページにまとめてあります。開催日と申し込みは@digital_lab_knzから。

ひとりで手を動かしたい日は、作業できる場所をまとめたページもあります。アムも席を開けています。

詰まったときは、パソコンの中に蛾がいるかもしれない、と思ってください。一度は本当にそうだったので。

参考にした資料

  • September 9: First Instance of Actual Computer Bug Being Found – Computer History Museum(1947年9月9日にマサチューセッツ州ケンブリッジのHarvard Mark IIでリレーの接点に蛾が見つかり、ログブックに貼られて「First actual case of bug being found」と記されたこと)
  • The Bug in the Computer Bug Story – JSTOR Daily(蛾がbugの語源だという通説が誤りであること、OEDが工学用語としてのbugを1870年代までさかのぼらせていること、1934年版ウェブスター新国際辞書にすでに装置の欠陥という語義があること、debugが1945年の『Journal of the Royal Aeronautical Society』に載っており口頭ではそれより数年早いと推測されること、スミソニアンがログブックはおそらくホッパーのものではないと注記していること)
  • Edison Invents the Technical ‘Bug’ – The Thomas A. Edison Papers(1873年の四重電信の記述に「bug trap」が出ること、1876年夏のノートに「the mysterious bug」とあること、1878年3月13日のウィリアム・オートン宛書簡と同年11月13日の書簡の文面)
  • Did You Know Edison Coined the Term “Bug”? – IEEE Spectrum(ノートでの初出が1876年7月であること、1873年の四重電信システムでのbug trapがこの語の起源とされること、1878年3月の手紙が外部の相手に使った最初の記録であること)