本を最後まで読むと、いちばん後ろに書名と著者名がもう一度出てくるページがあります。発行日、発行所、印刷所、そして「2026年8月1日 第3刷発行」といった数字。奥付(おくづけ)と呼ばれる場所です。
読み物としては何も書いていないページなので、たいていは飛ばされます。けれどこのページ、もとは読者のために付いていたものではありませんでした。幕府が本を取り締まるために、書かせたものです。
「作者と版元の実名を書け」という触書
始まりは1722年(享保7年)とされています。江戸町奉行の大岡忠相が出した出版取締令の中に、こういう条項がありました。
「何書物によらず此後新板之物、作者並板元実名奥書為致可申候事」——どんな書物であっても、これから新しく出すものは、作者と版元の実名を巻末に書かせること。
この一文が、いまの奥付のもとになったと説明されています。日本大百科全書は、奥付をこの触書に由来する日本独特のものとしています。
背景には、当時の出版事情があります。江戸時代は木版印刷による出版がさかんで、そのぶん無断での発行も多かった。江戸・京都・大坂の本屋たちは、これに先立つ1721年までに「本屋仲間」という奉行所公認の組織を作っています。誰がどの本の板木を持っているかをはっきりさせ、他所が勝手に同じ本を出す「重板」を防ぐためです。
ここで守られていたのは、いまでいう著作権よりも、版元の側の権利でした。作者の名前を書かせるのも、作者を守るためというより、責任の所在をはっきりさせて取り締まりやすくするためです。本の最後に名前を残す習慣は、そういう出発点から始まりました。
明治になると、今度は検閲のために残った
この決まりは明治以降も受け継がれます。1869年(明治2年)の出版条例を経て、1893年(明治26年)の出版法では、記載する場所が「文書図画ノ末尾」と定められました。巻末に書くこと、と法律の条文になったわけです。
目的は、政府による検閲です。何が出版され、誰が責任者なのかを国が把握するための仕組みとして、奥付は義務づけられていました。
この出版法が廃止されたのは1949年(昭和24年)5月のこと。これで奥付についての法的な規制はなくなりました。にもかかわらず、いまも本の後ろには必ず奥付があります。取り締まりの道具として始まったものが、書誌情報をまとめた便利なページとして、そのまま残った形です。
「検印廃止」という、意味のわからない一行
古い本の奥付を見ていると、著者名の下に小さな四角い枠があって、そこにハンコが押してあることがあります。あるいは切手のような小さな紙が貼ってあって、その上に朱色の印。検印(けんいん)と呼ばれるものです。
これは著者本人が押していました。1冊ずつ、あるいは1枚ずつ。理由は、発行部数をごまかされないためです。著者が印を押した数だけしか本は出せない、という仕組みにしておけば、部数を確認できる。無断出版の防止と、著者に支払う金額の計算を、同時に成り立たせる方法でした。
本の売上に応じて著者が受け取るお金を「印税」と呼びますが、この「印」は、その検印の印だと説明されています。税金ではないのに税という字が付いている、あの妙な言葉の出どころです。
ただ、部数が増えれば増えるほど、著者はひたすらハンコを押し続けることになります。実際、この作業は相当な負担だったようで、やがて廃止の流れになります。岩波書店が廃止に踏み切ったのをきっかけに各社が続き、1960年代にはほぼ姿を消したとされています。
その名残が、少し古い本の奥付にある「検印廃止」「検印省略」という一行です。何のことか分からないまま印刷されていたあの言葉は、「著者のハンコは、もう押していません」という断り書きでした。
いまの奥付の、見どころ
法律の縛りがなくなったあとも残った奥付は、いま読むと別の面白さがあります。
まず刷数です。「第1刷発行」の日付と、「第◯刷発行」の日付が並んでいる本があります。初版が何年で、いま手にしている刷が何年なのか。その差が大きければ、その本は長く読み継がれてきたということになります。数十年ぶんの開きがある本に出会うと、少し背筋が伸びます。
それから発行所の住所。版元が移転していれば、古い本と新しい本で違う町名が書いてあります。訳書なら原題と原著の刊行年も、たいていここに載っています。
本文には一行も書かれていない、その本の来歴のようなものが、最後のページに詰まっている。読み終わったあとにもう1ページだけめくってみる価値は、けっこうあると思います。
本を「もの」として見てみる
アムには読める本を置いています。まずは中身を読んでいただくのがいちばんですが、たまに本を「もの」として眺めてみるのもおすすめです。
以前、文庫本の天がギザギザな理由や、文庫本の背にある★が値段だったという話を書きました。奥付もそれと同じで、読むこととは直接関係のないところに、本の作られ方や、その時代の事情が残っています。
江戸の本屋仲間や出版のなりたちのような、日本の文化のもう少し深いところはjapanmmmのほうで書いています。あわせて読むと、いま手元にある本が、わりと長い経緯の先にあることが見えてくるはずです。
次に本を閉じるとき、最後の1ページだけ、めくってみてください。
