2026-08

「うまく描く」は一度も出てこない|アーバンスケッチの8か条とスケッチブックのF blog

「うまく描く」は一度も出てこない|アーバンスケッチの8か条とスケッチブックのF

スケッチ会に誘うと「絵、描けないので」と返ってきます。ところが街で描く人たちの国際的な宣言文8か条には、上手・下手の話がひとつも書かれていません。あるのは「その場で描く」「見たものに正直である」といった態度の話だけ。ついでに、スケッチブックの「F」が何の略なのかと、「写生」がもとは絵の言葉だった話も。
本の最後のページは、取り締まりのために生まれた|奥付と検印のこと shiori

本の最後のページは、取り締まりのために生まれた|奥付と検印のこと

本のいちばん後ろにある「奥付」。始まりは1722年、江戸町奉行の大岡忠相が「作者と版元の実名を巻末に書け」と命じた触書でした。明治には検閲のための義務となり、1949年に法的な縛りがなくなってもなお残った理由と、古い本に押されている「検印」の話。
割れた器をくっつけているのは、小麦粉と漆でした|金を蒔くのは最後の一手 blog

割れた器をくっつけているのは、小麦粉と漆でした|金を蒔くのは最後の一手

金継ぎは金でくっつけていると思っていました。実際に接着しているのは、小麦粉と水と漆を練った「麦漆」で、金の粉はいちばん最後に薄く蒔くだけ。しかもその漆は、乾かすのではなく湿らせて固めます。だから数週間から数ヶ月かかる。手を動かす前に工程の順番だけ知っておくと、待ち時間の意味が分かる、という話です。
本を読むのに、ナイフが必要だった|文庫本の天がギザギザな理由 shiori

本を読むのに、ナイフが必要だった|文庫本の天がギザギザな理由

文庫本の上の面がふぞろいにギザギザしているのは、断裁の失敗ではなく「天アンカット」という製本です。かつてヨーロッパでは、折り目がつながったままの本が売られていて、読者がペーパーナイフで切り開きながら読んでいました。ペーパーナイフはもともと手紙ではなく本のための道具だった、という話です。
レコードに33回転と45回転がある理由|1948年に始まった規格争いのなごり blog

レコードに33回転と45回転がある理由|1948年に始まった規格争いのなごり

レコードプレイヤーには33と45の切り替えスイッチがあります。なぜ2つあるのかというと、1948年にコロムビアが出したLPと、翌年RCAビクターが出した7インチ盤が、互換性のないまま並んでしまったからでした。その前は78回転で、片面3分半。なぜ78なのかは、実は記録に残っていません。針を落とす前に知らなくてもいい、でも知っておくと少し面白い話です。
文庫本の背にある★は、値段だった|岩波文庫とレクラム文庫の話 shiori

文庫本の背にある★は、値段だった|岩波文庫とレクラム文庫の話

古い岩波文庫の背表紙に並ぶ★は、装丁の飾りではなく定価の表示でした。★ひとつでおよそ100ページ、20銭。この仕組みは手本にしたドイツのレクラム文庫から借りてきたもので、1981年まで50年以上続いていました。
ボードゲームには年間大賞がある|脱落しない遊びが増えたわけ blog

ボードゲームには年間大賞がある|脱落しない遊びが増えたわけ

ドイツには1978年設立の「年間ゲーム大賞」があり、評論家の審査員が実際に遊んで選んでいます。第1回の受賞作はサイコロを振らないレースゲームでした。脱落しない・運を抑えるという作りがどこから来たのか、そして日本のゲームマーケットが400人から3万人になるまで。遊ぶ前に知っておくと、最初の一戦が少し気楽になる話です。
詩人が書いた絵本のこと|『うつくしいってなに?』最果タヒ×荒井良二 shiori

詩人が書いた絵本のこと|『うつくしいってなに?』最果タヒ×荒井良二

アムの本棚にある絵本『うつくしいってなに?』(最果タヒ 作/荒井良二 絵、小学館)を、以前の紹介より少し詳しく。A4判32ページ、事件も教訓も起きない一冊が、なぜ読み終わるのに時間がかかるのか。本にはさまっていた「みんなのしおり」の言葉と、大人が絵本を読む時間の話もあわせて。
ZINEは「マガジン」の後ろ半分だった|手で作る冊子の来歴 blog

ZINEは「マガジン」の後ろ半分だった|手で作る冊子の来歴

ZINE(ジン)はmagazineの後半だけが残った言葉で、もとは1940年に生まれた「fanzine」でした。1930年のSFファンの手作り冊子から、コピー機とパンク、1990年代の切り貼り、日本の「ミニコミ」まで。作る前に知らなくてもいいけれど、知ると少し気が楽になる話をまとめました。
「積読」は1879年にはもう使われていた|読まずに積まれた本の来歴 shiori

「積読」は1879年にはもう使われていた|読まずに積まれた本の来歴

明治12年の雑誌にすでに「積讀先生」という皮肉が載っていて、江戸時代には朗読・黙読と並んで「積置」が読書法のひとつに数えられていました。海を渡って tsundoku になった経緯と、未読の本を「アンチライブラリー」と呼んだ人の話まで。