「しおり」はもともと山道の目印だった|本にはさむ紙片の長い歴史

「しおり」はもともと山道の目印だった|本にはさむ紙片の長い歴史

本を読みかけのまま閉じるとき、何をはさみますか。ちゃんとしたしおり、書店のレシート、手近にあった紙きれ。アムの本棚にある本にも、いろいろなものがはさまっています。

この「しおり」という言葉、もともとは本とはまったく関係のないところから来ています。今日は、本にはさむ小さな紙片の来歴をたどってみます。

「しおり」は、山道の目印だった

「しおり」は、動詞「枝折る(しおる)」の連用形が名詞になった言葉です。山や森を歩くときに、帰り道で迷わないよう、木の枝を折って目印にしていく——その動作そのものを指していました。「草木をたわめる、しなわせる」という意味の「撓る・萎る(しおる)」と同じ語源と考えられています。

「栞」も「枝折り」も、あとから当てられた漢字です。そして、そこから意味が広がって、本の間にはさんで目印にするものも、旅行の案内書も、同じ「しおり」と呼ばれるようになりました。遠足の「しおり」と、本のしおり。まったく別のものに思えて、どちらも「迷わないための目印」という一点でつながっています。

読みかけのページにはさむ紙片は、次にこの本を開く自分に向けた道しるべ、ということになります。

現存する最古のしおりは、6世紀の革だった

ものとしてのしおりも、かなり古くからあります。現在知られている最古の実物は6世紀のもので、エジプトの修道院跡から1920年代半ばに見つかったコプト語の写本(冊子体の本)に付いていました。革製で、裏側に犢皮紙(ヴェラム。動物の皮から作る書写材料)が貼られ、表紙に取り付けられていたと記録されています。

紙が貴重だった時代、本そのものが財産でした。その本に、装飾をほどこした革の目印がわざわざ付けられていた。しおりは本の付属品というより、最初から本の一部だったようです。

ひもと、回転する円盤

中世の写本になると、しおりはかなり凝った道具になります。

レジスター・ブックマーク

羊皮紙や革、糸で作ったひもを本の背に綴じ付けたもの。何本もぶら下げて、複数のページを同時に押さえられるようにしたものもありました。今の聖書や手帳に付いているスピンの祖先です。

おもしろいのは、その発展形です。ひもの先に小さな円盤が付いていて、それを回すと1から4までの数字が出る。当時の写本はたいてい1ページが2段組だったので、「開いているページの、どの段まで読んだか」まで記録できる仕組みでした。ページどころか段まで。読み手の執念が伝わってきます。

小口にはさむタブ

ページの端(小口)に付ける方式もありました。羊皮紙や革、ビーズを縫い付けたり、ページの余白そのものを細く切って折り返してタブにしたり。本に直接手を加えてでも、目印がほしかったわけです。

絹のリボンから、紙のしおりへ

18世紀になると、細い絹のリボンを本の背に綴じ込む形が広まります。聖書や祈祷書によく使われました。しおりへの早い言及のひとつとして、印刷業者クリストファー・バーカーがエリザベス1世に絹のしおりを献上した、という逸話が挙げられることもあります(伝えられている話で、確かなことは分かりません)。

1880年代には、イギリスの絹織物業者トーマス・スティーヴンスが「スティーヴングラフ」と呼ばれる織り絹のしおりを900種類以上作ったとされます。やがて厚紙やセルロイドの安価なしおりが量産されるようになり、店や企業が広告として配るようになりました。手ざわりのある贈りものから、気軽に配れる紙片へ。今わたしたちが本屋でもらうしおりは、この流れの先にあります。

アムの本には、しおりがはさまっています

アムでは、本棚の本に #みんなのしおり という手書きのしおりをはさんでいます。読んだ人が、その本の感想や、読んでいたときのことを書いて残していく取り組みです。次にその本を手に取った人は、本文より先に、誰かの言葉を読むことになります。

山道の枝折りが「ここを通った人がいる」という印だったことを思うと、これも同じ種類のものかもしれません。道しるべを残す人がいて、それを見つける人がいる。本にはさまった紙片は、どうやらずっとそういう役割を担ってきたようです。

アムは金沢市東山にある、ミニ図書館とコワーキングスペースとギャラリーが同居している小さなスペースです。本棚を眺めて、気になった本を1冊抜いてみてください。誰かのしおりがはさまっているかもしれません。

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