八月なかばの夜。奈良の東の山に、「大」という一文字が炎で浮かびます。その翌日には、京都をとりまく五つの山に、つぎつぎと火が灯(とも)ります。
お盆の終わりに焚(た)かれる、この火を「送り火(おくりび)」と呼びます。
お盆は、ご先祖の霊が年に一度あの世から家に帰ってくるとされる期間です。多くの地域では8月13日から16日の4日間。その初日の夕方に焚くのが「迎え火」、最終日の夕方に焚くのが「送り火」です。迎えた人を、こんどは見送る。それだけの、けれどとても静かな火です。
この記事では、送り火とは何なのかを、はじめての方にもわかるようにやさしくたどっていきます。
この記事でわかること
- 「送り火」とは何のための火か
- 家の前で焚く、小さな送り火(おがらと焙烙)
- 山に灯す送り火——京都の五山送り火
- 奈良の大文字送り火——慰霊と平和を祈る火
- 水に流す送り火——灯籠流しと、長崎の精霊流し
- 火が消えたあとに残るもの
送り火とは?
送り火は、お盆に帰ってきた死者の魂を、現世からふたたびあの世へと送り出す行事です。「迎え火」の対語にあたります。
昔から、火には暗い道を照らす「明かり」としての役割がありました。迎え火は、ご先祖が家へ帰ってくるための目印。送り火は、その帰り道を照らすためのもの——そう説明されます。
行き先を照らす火が、行きと帰りで二度焚かれる。お盆という数日間は、その二つの火にはさまれた時間だといえます。
なお、こうした行事が年中行事として定着したのは、仏教が庶民のあいだに浸透した室町時代以後だといわれています。ただし起源については確かなことがわかっていない部分も多く、地域によって形も呼び名もずいぶんちがいます。
家の前で焚く、小さな送り火
送り火というと大きな山の火を思い浮かべるかもしれませんが、もとは家ごとの、ごく小さな火です。
ふつうは8月16日の夕方、薄暗くなってきたころから日没前——だいたい17時から19時ごろが目安とされます。玄関先や門口で、火を焚きます。
使うのは、おがらと焙烙(ほうろく)という二つの道具です。
- おがら……麻の茎の皮をむいて乾かしたもの。よく燃える、火をつけるための材料です
- 焙烙(ほうろく)……素焼きの平たいお皿。この上でおがらを燃やします
どちらもお盆の時期になると、スーパーやホームセンターの店先に並びます。特別な道具ではありません。
いまは集合住宅など、火を焚けない住まいも多くあります。その場合は、電気式・電池式の盆提灯(ぼんちょうちん)を灯す、「迎え火・送り火ローソク」を使う、あるいは道具だけ飾って火はつけない——といった方法が広く紹介されています。
形はいろいろでかまわない、ということです。大事なのは、見送るための灯りをひとつ用意することのほうにあります。
山に灯す送り火——京都の五山送り火
家ごとの小さな火が、町ぐるみの大きな火になったもの。それが京都の五山送り火(ござんのおくりび)です。
毎年8月16日の夜、京都をとりまく五つの山に、順に火が入ります。
- 20:00 大文字(左京区浄土寺)
- 20:05 松ケ崎妙法(左京区松ヶ崎)
- 20:10 船形万灯籠(北区西賀茂)
- 20:15 左大文字(北区大北山)
- 20:20 鳥居形松明(右京区嵯峨鳥居本)
五分おきに、ひとつ、またひとつと山が明るくなっていく。それぞれ三十分ほど燃えて、静かに消えていきます。
これがいつ始まったのかは、じつははっきりわかっていません。公式な記録が残っておらず、平安時代とする説から江戸時代とする説まで、幅があります。それぞれの山にも、それぞれの言い伝えがあります。船形は、唐からの帰り道に暴風雨に遭った僧・慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が「南無阿弥陀仏」と唱えて無事にたどりついた、という故事にちなむと伝えられています。鳥居形は、弘法大師が石仏千体の開眼供養をしたときに点火されたという説が語られますが、これは信憑性が低いとする見方もあり、ほかにも諸説あります。どれも、確かな年代まではわかっていません。
ひとつだけ、旅先で知っておくと役に立つことがあります。この行事の呼び名です。正式には「五山送り火」、地元では単に「大文字(だいもんじ)」と呼ぶのが一般的です。そして「焼き」を付けた「大文字焼き」という呼び方を嫌う人が、地元には少なくありません。京都の送り火に山を「焼く」という要素はないから、というのがその理由です。送るための火であって、見世物ではない——その感覚が、呼び名のところに残っています。
奈良の大文字送り火
京都の前日、8月15日には、奈良でも「大」の字に火が入ります。奈良大文字送り火です。
こちらは新しい行事で、1960年(昭和35年)に始まりました。もともとは戦争で亡くなった方々を慰めるための火で、いまは災害などで亡くなったすべての人を慰霊し、あわせて世界平和を祈る行事として続いています。
点火に先立ち、19時から春日大社の境内・飛火野(とびひの)で慰霊祭がおこなわれます。春日大社の神官と、県内約30か寺の僧侶が、同じ祭壇に並んで祈る——神道と仏教が合同でおこなうこの形は、全国的にもめずらしいものです。そして20時、高円山(たかまどやま)の火床に火が入ります。
八月十五日という日に、宗教のちがいを越えて手を合わせる火。送り火という古い形が、新しい祈りを引き受けた例だといえます。
水に流す送り火——灯籠流しと精霊流し
送り火は、山だけのものではありません。火を水に浮かべて送る形もあります。
灯籠流し(とうろうながし)は、灯りをともした灯籠を川や海に流し、死者の魂を送る行事です。日本ではお盆の時期に送り火の一種としておこなわれますが、全国一斉というわけではなく、地域によって時期も解釈もちがいます。似た行事はアジアの各地にあります。
ひとつ、正直に書いておきたいことがあります。1970年代以降、川や海の汚染が問題になり、灯籠をそのまま流すことをやめた地域が少なくありません。いまは数を制限したり、環境に配慮した素材を使ったり、下流で回収したりといった工夫がなされています。流しっぱなしにしない——それも、この行事のいまの姿です。
もうひとつ、名前が似ているため混同されやすいのが、長崎の精霊流し(しょうろうながし)です。これは灯籠流しとは別の行事です。
毎年8月15日の夕刻から、その年に初めてのお盆を迎えた故人の家族が、盆提灯や造花で飾った「精霊船(しょうろうぶね)」に故人の霊を乗せて街を進みます。船の大きさには決まりがあり、全長は最大10メートルまで。それを超える場合は、小さな船をいくつも連結して長く仕立てます。そして何より、静かではありません。爆竹の破裂音と鉦(かね)の音と掛け声が入り混じる、たいへんな喧騒のなかでおこなわれます。この賑やかさには、中国の彩船流しの影響が指摘されています。爆竹は、船の通る道を清めるための魔除けだとされます。
静かに見送る土地もあれば、爆竹を鳴らして見送る土地もある。どちらも送り火です。
おわりに
送り火は、はじまりの火ではありません。終わりの火です。
迎えて、数日いっしょに過ごして、送る。その最後のところに置かれた火なので、燃えているあいだ、人はたいてい黙って見ています。派手な行事に見える京都の五山送り火も、三十分ほどで消えます。消えたあとの山は、ただの暗い山にもどります。
けれど、消えることが目的の火というのは、考えてみればふしぎなものです。ずっと灯りつづける火では、送り火になりません。終わるからこそ、見送りになる。
もし八月なかばに日本にいることがあったら、夕方の街を少し歩いてみてください。玄関先に小さな火が置かれていたり、窓のむこうで提灯がゆれていたりします。誰かの家が、いま誰かを見送っているところです。
立ち止まって眺めるだけで十分です。送り火は、参加するための火ではなく、そこにあることを知っているだけでいい火なのですから。
参考
- Wikipedia「送り火」 https://ja.wikipedia.org/wiki/送り火
- Wikipedia「五山送り火」 https://ja.wikipedia.org/wiki/五山送り火
- Wikipedia「灯籠流し」 https://ja.wikipedia.org/wiki/灯籠流し
- Wikipedia「精霊流し」 https://ja.wikipedia.org/wiki/精霊流し
- KBS京都「五山送り火特集」 https://www.kbs-kyoto.co.jp/contents/okuribi/index.htm
- 奈良市観光協会「第67回 奈良大文字送り火」 https://narashikanko.or.jp/feature/naradaimonjiokuribi
- 長崎観光/旅行ポータルサイト「精霊流し」 https://www.at-nagasaki.jp/event/51798
- はせがわ「お盆の迎え火・送り火はいつする?マンションでも可能?やり方徹底解説」 https://www.hasegawa.jp/blogs/kuyou/obon-mukaebiokuribi

