文庫本を手に取ったとき、本の上の面がふぞろいにギザギザしているのに気づいたことはないでしょうか。三方の小口のうち、天だけが波打っている。断裁の失敗のようにも見えます。
あれは失敗ではなく、「天アンカット」という製本のやり方です。そしてこのギザギザは、かつて本を読むのにナイフが必要だった時代のなごりでもあります。
本は、大きな一枚の紙から作られる
いまも昔も、本は1ページずつ刷るわけではありません。大きな紙にまとめて印刷し、それを何度も折りたたんで、ページの大きさの束にします。この束を折丁(英語では signature)と呼び、折丁をいくつも重ねて綴じたものが1冊の本になります。
ここで問題が起きます。紙を折って重ねただけの状態では、折り目の部分がつながったままなので、ページが開きません。だから最後に三方の小口を裁ち落として、1枚ずつめくれるようにする。この仕上げの断裁が、いまの本では当たり前に行われています。
ところが、この仕上げ断ちが普通になったのは、ヨーロッパでも17世紀以降のことでした。
読者が、自分で切り開いていた
それ以前は、折り目がつながったままの本が、そのまま売られていました。買った人がペーパーナイフで折り目を切り開きながら読み進める。読み終えたら、気に入った本は自分の好みで製本し直す。本の中身と、本の外側は別々のものだったわけです。
これは遠い昔だけの話でもなくて、フランスでは20世紀の半ばごろまで、仕上げ裁ちをしていない本が普通に出版されていたとされています。
ペーパーナイフという道具の名前も、ここから来ています。いまは手紙の封を切るもの、というイメージが強いと思いますが、順番としては逆で、本のページを切り開くための道具が先にありました。封筒専用に刃を長く鈍くしたものが、あとからレターオープナーとして分かれていったという説明がされています。机の上の飾りのような道具に見えて、もとは読書の必需品だったということになります。
「切っていない」にも2種類ある
英語では、このあたりを分けて呼びます。uncut は小口を裁ち落としていない状態、unopened は折り目がつながっていてページを開けない状態。日本語ではどちらも「アンカット本」「袋とじ」とまとめて呼ばれることが多いのですが、本を売り買いする場では意味が違ってきます。
なお、図書館の蔵書にこうした未裁断の本が紛れていることがあり、見つけても自分で切らずにカウンターに相談してほしい、と案内している図書館もあります。切ってしまえば元に戻せないので、共有の本ではそのほうが安全ということですね。
文庫本の天がギザギザなのは、そのなごり
さて、冒頭の文庫本に戻ります。
天だけを断裁しない「天アンカット」を採用しているのは、岩波文庫、新潮文庫、ハヤカワ文庫、創元推理文庫のほか、岩波新書や中公新書など。よく見かける本の多くが、実はこの製本です。
岩波書店の説明によれば、岩波文庫がこの形にしたのは1927年の発刊のときで、理由は「フランス装風のしゃれた雰囲気を出すため」。つまり、切っていない本の見た目をあえて残したということです。コストを削るために断裁を省いたのだろうと思われがちですが、実際は逆で、アンカットのほうが紙の折り方やそろえ方に工夫が要り、製本にかえって手間がかかるとされています。
新潮文庫の場合はもう少し実務的な理由も語られていて、スピン(本に付いているしおりひも)をとじ込むうえでも天アンカットが重要、という説明がされています。
ちなみに日本ではアンカット本を指して「フランス装」「フランス綴じ」と呼ぶこともありますが、本来のフランス装は仮製本の一方式で、別の概念です。呼び名が混ざって伝わってしまった例のひとつですね。
文庫本の造りの話でいうと、以前に文庫本の背にある★が値段だったという話も書きました。あわせて読むと、文庫という形式がわりと細かい約束事でできていることが見えてきます。
日本の本には、切らない「袋」があった
面白いのは、日本の伝統的な本にも「袋」があることです。
和本の代表的な綴じ方に袋綴じがあります。紙を、印刷した面が外側になるように二つ折りにして、開いているほうの端を糸で綴じる。折り目は綴じ目の反対側、めくるときに指をかける小口の側に来ます。折った紙が袋のような状態のまま1冊になるわけです。四つ目綴じという、綴じ側に4つ穴を開ける形がよく知られています。
ヨーロッパのアンカット本は、折り目を切って開くことが前提でした。和本の袋綴じは、切らずに袋のままにしておくのが完成形です。同じように紙を二つ折りにしていても、その先の考え方が正反対になっている。
日本の道具や文化のなりたちについては、japanmmmのほうで少し深く書いています。本の綴じ方ひとつとっても、輸入されたものと、もともとあったものが並んでいるのが日本の面白いところだと思います。
本を、道具として見てみる
アムには読める本を置いています。読むために来ていただくのがいちばんですが、たまに本を「もの」として見てみるのもおすすめです。
天を指でなぞってみて、ギザギザかどうか。スピンが付いているかどうか。カバーを外すと表紙に何が刷ってあるか。中身とは関係のないところに、その本がどう作られたかが残っています。
本に挟まれた紙片のほうにも歴史があって、そちらは「しおり」はもともと山道の目印だったという話に書きました。読むこと以外の部分にも、けっこう長い時間が積もっています。
