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観光 / 公開: 2026年8月22日

主計町茶屋街とひがし茶屋街を合わせて巡る|浅野川を渡って徒歩5分の1時間コース

ひがし茶屋街まで来たなら、浅野川を渡ってすぐの「主計町(かずえまち)茶屋街」まで足を延ばすと、同じ川の両岸にある2つの茶屋街を1時間ほどで通しで歩けます。

ひがしが藩の公許で開かれた江戸の茶屋街なのに対し、主計町は明治期に成立した茶屋町です。生い立ちが違うので、街並みの表情も違います。川端に三階建てが並ぶのは主計町だけの景色です。

結論:橋を渡って5分、追加費用はほぼゼロ

主計町茶屋街とは:明治にできた、川沿いの茶屋町

読み方は「かずえまち」。金沢市の公式の説明では、町名は加賀藩士・富田主計の邸地があったことに由来するとされています。

茶屋町としての成立時期は、ひがしと大きく違います。

ひがし茶屋街(東山ひがし)主計町茶屋街
成り立ち1820年(文政3年)に加賀藩の公許で開設明治期に成立したと考えられている
重要伝統的建造物群保存地区の選定2001年11月14日2008年6月9日
保存地区の面積約1.8ヘクタール約0.6ヘクタール

石川県の文化財ページによれば、主計町の保存地区は茶屋町の最盛期の景観を今に伝える地域です。切妻造平入・二階建てを基本に、一階の出格子、建ちの高い二階、軒下の庇といった正面の意匠が特徴で、浅野川沿いには三階に増築された建物が並びます。裏通りには古い様式の町家も残っています。

金沢市の説明でも、明治後期から昭和初期にかけての三階建てへの増築がそれぞれの時代を反映しており、前を流れる浅野川と相まって良好な景観を形成していると書かれています。川と建物がセットで評価されている街並みだ、ということです。

全国で初めて旧町名が復活した町

主計町にはもうひとつ、街並み以外の顔があります。1999年(平成11年)10月1日、全国で初めて旧町名が復活した町です。金沢市の資料では、このとき復活したのは0.88ヘクタール・約30世帯で、2004年(平成16年)5月1日に区域が0.14ヘクタール広げられています。

住居表示で消えた町名を、住民の手で呼び戻した最初の例。歩いている道の名前そのものが、この街の運動の成果です。

ひがし茶屋街からの行き方

道順は単純です。

  1. ひがし茶屋街の街並みを抜けて、橋場町交差点へ戻る
  2. 浅野川大橋を渡る(渡った先が尾張町・下新町側)
  3. 橋を渡ってすぐ左手の川沿いの通りが主計町

金沢市観光協会は、主計町へのアクセスを「橋場町」バス停または「浅野川大橋」バス停から徒歩約5分としています。ひがし茶屋街も同じ橋場町バス停から徒歩約5分なので、橋を挟んで5分前後と考えておけば大きくは外れません。ひがし茶屋街への行き方で書いたバス停が、そのまま2つの茶屋街の中間点になります。

渡る橋そのものも見どころです。浅野川大橋は2000年12月20日に国の登録有形文化財に登録されています(登録番号17-0039)。国土交通省北陸地方整備局の紹介では、アーチ型が大正ロマンを伝える橋として挙げられています。渡りながら川上を見ると、主計町の川端が一望できます。

見どころ

暗がり坂 — 神社の境内から下りる石段

主計町でいちばん名の知れた小路です。久保市乙剣宮の境内を抜けて主計町へ下りる石段で、金沢市観光協会は昼間でも薄暗く、光と影の情景が写真スポットとして人気だと紹介しています。

尾張町・近江町市場側の表通りから、いきなり花街の裏道に落ちるような感覚があります。日常から非日常への入口という観光協会の表現は、実際に下りてみるとよくわかります。

久保市乙剣宮 — 泉鏡花ゆかりの神社

暗がり坂の上に建つ神社です。金沢における市場発祥の地とされ、境内には泉鏡花の句碑があります。鏡花の生家がすぐ近くで、幼い頃によく遊んだ場所と伝えられています。

あかり坂 — 五木寛之が名づけた、暗がり坂の対

暗がり坂と並ぶもう1本の坂です。もともと名前のない石段でしたが、2008年、作家・五木寛之が命名しました。標柱には、暗い夜に明かりをともすような作品を書いた鏡花を偲んで名づけたこと、そして「あかり坂は、また、上がり坂の意でもある」という一文が刻まれています(金沢フィルムコミッション)。坂の長さは11メートル、築造は2008年です。

金沢市観光協会は、行きは暗がり坂、帰りはあかり坂と、往復で別の坂を歩くことをすすめています。数十メートルの違いですが、名前の由来を知って歩くと、同じ斜面の登り下りが2つの別の体験になります。

泉鏡花記念館 — 生家跡に建つ

主計町の坂を上がったところにあります。鏡花が幼少時代を過ごした生家跡に建つ記念館で、作品だけでなく鏡花の生涯や生活感覚に触れられる展示です。

項目内容
開館時間9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日火曜日(祝日の場合は翌平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)、展示替期間中
観覧料一般310円 / 団体(20人以上)260円 / 65歳以上・障害者210円 / 高校生以下無料
住所金沢市下新町2-3
電話076-222-1025
アクセス「橋場町(金城樓前)」バス停から徒歩約3分、「泉鏡花記念館」バス停から徒歩約1分
駐車場記念館横に3台、または東山観光駐車場(有料・徒歩5分)

入館は16:30まで。 ひがし茶屋街のお土産店もほぼ17時に閉まるので、両方に寄るなら午後の早い時間から動くのが現実的です。

1時間で歩く、2つの茶屋街コース

金沢市観光協会のモデルコースの区間所要時間をもとに組み立てたルートです。主計町の散策目安が約60分、そこに移動を足した形になります。

  1. ひがし茶屋街を出て橋場町交差点へ
  2. 浅野川大橋を渡る(徒歩約5分)。橋の上から川上を眺める
  3. 主計町の川端を歩く。三階建ての茶屋建築が並ぶ側
  4. あかり坂を上がる(11メートル)
  5. 久保市乙剣宮へ。句碑を見る
  6. 時間と曜日が合えば泉鏡花記念館(徒歩約1分・火曜休・16:30最終入館)
  7. 暗がり坂を下りて主計町へ戻る
  8. 川沿いを戻ってひがし茶屋街へ(久保市乙剣宮からひがし茶屋街まで徒歩約3分)

記念館に入らなければ1時間弱、入るなら1時間半を見ておくと余裕があります。

戻ってきたあとの時間の使い方は、志摩と懐華樓のお茶屋見学金箔貼り体験お土産の買い出しあたりが定番です。着物でまわるなら、暗がり坂の石段は足元に注意してください。

よくある質問

ひがし茶屋街とどう違う?

成り立ちと規模が違います。 ひがしは1820年に藩の公許で開かれ、保存地区は約1.8ヘクタール。主計町は明治期に成立し、保存地区は約0.6ヘクタールです。

街並みの違いとしていちばん大きいのは、主計町が川に面していることです。浅野川沿いに三階建てへ増築された建物が並び、建物と川がセットで景観として評価されています。ひがしは街区の中に格子の並ぶ通りが走る構造なので、見え方がまったく違います。

所要時間はどれくらい?

金沢市観光協会は主計町の所要時間の目安を約60分としています。坂と川端を一通り歩くだけなら、それより短く済みます。

入場料はかかる?

街歩きは無料です。 暗がり坂・あかり坂・久保市乙剣宮はいずれも通行・参拝に料金はかかりません。有料なのは泉鏡花記念館の310円だけです。

夜も歩ける?

坂も川沿いの通りも公道なので、時間の制限はありません。ただし主計町は今も料亭やお茶屋が営業している町です。金沢市観光協会も「昔ながらの料亭や茶屋が立ち並ぶ」と紹介しています。住民と店の生活圏なので、大声を出さない、店の玄関先で長く立ち止まらない、といったところは気をつけてください。

なお、暗がり坂は昼間でも薄暗い石段です。夜は足元がかなり見えにくくなります。

芸妓の芸に触れることはできる?

主計町のお茶屋も、金沢市観光協会の「金沢芸妓のほんものの芸にふれる旅」の会場のひとつになっています。詳しくは芸妓・お茶屋文化の記事にまとめました。

車で行ける?

主計町の中に駐車場はありません。 金沢市観光協会が主計町のアクセスとして挙げているのは、東山観光駐車場(乗用車15台)、東山河畔観光駐車場(乗用車11台)、東山北観光駐車場(バス4台・乗用車7台)など、いずれも浅野川の対岸=ひがし茶屋街側の駐車場です。混む日の停め方は駐車場の記事にまとめています。


※料金・開館時間・面積・選定年は 2026年8月22日時点で、以下の公的資料で確認したものです。訪問前に最新情報をご確認ください。

主計町そのものの概要は主計町茶屋街のページに、三茶屋街の残る1つはにし茶屋街のページにまとめています。ひがし茶屋街がどう生まれ、何を守ってきたかはひがし茶屋街の歴史から。街全体の歩き方は完全ガイドへ。

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